私が大学に入学するまで

この記事は smasato ひとり Advent Calendar 2019 6日目の記事です。


はじめに

私が大学に入学するまでには様々な困難があった。当時の自分としてみればとてもつらいことがたくさんあったし、周りの人にも心配や迷惑をかけた。その過去があったらからこそ今の自分があると思っているから「忘れたい過去」ではない。だからここに書き残しておくことにする。もうずいぶん前のことなので「思い出補正」が入っているかもしれない。

私の人生の転換点は中学2年生の夏だった。

中学生時代

端的に言えば、部活で精神的なストレスを感じることが多く不安定な状態だった。そんな状況で私が不登校になったのは「夏休みの宿題が終わっていなかった」という理由が大きかったと今では感じている。すごくちっぽけなことにみえるれど。

中学2年生の夏休み明け、私はすごく焦っていた。夏休みの宿題が終わっていなかったのだ!「やったけど家に忘れました」という言い訳にも限界がきていて、どうしようかと考えているとお腹が痛くなったのでそれを理由に学校を休んだ。何日か腹痛を理由に学校を休んでいたら親に内科へ連れて行かれて、医者に過敏性腸症候群だと言われた。内科的な薬を処方されたけど、あまり状態は良くならず気づいたら不登校になっていた。

学校に行かずに家に引きこもっている生活が続くと、精神的にも具合が悪くなってきてうつ病の症状もでてきて状態は更に悪くなっていた。その生活がしばらく続いたのでメンタルクリニックに通院することになった。そこで処方された薬を飲みながら保健室登校ができるぐらいには回復したけれど、授業に出ることはほとんど出来ず中学2年生が終わった。

3年生に進級しても不登校から復帰することはなく、保健室登校の生活が続いた。給食を教室に行って食べに行くときもあったけれど、自分へ向けられる視線は同級生ではなく不登校生へのあわれみのように感じるときもあった。ごく稀に授業に参加することもあったけど、授業の内容についていくことはできずじまいだった。「通知票に成績評価を書かないほうがあなたのため」、みたいなことを言われ通知票には空欄が多かった。

周りが高校受験を考える時期になっても勉強はほとんどしていなかったし、ふつうの入試を受けられる状態ではなかった。それでも高校に行ったほうがいいということになり、私立の全日制高校に入学することになった。入学試験は作文と面接だけだった。

高校生時代

入学当初は頑張って通っていたけれど、これまで不登校であったことや学校の雰囲気にもなじめず結局不登校気味になっていた。そんな状態のときに、自暴自棄になっていた私はある夜、高校の校舎の3階から飛び降りた。

その瞬間、私が何を思っていたのかはもう正確にはわからない。でも、こうして生きているということはその自殺は未遂に終わったということだ。救急車で病院に運ばれたけど、特に異常も見つからなかった。しばらく入院して退院した。

まぁ、校舎で飛び降り自殺未遂をしたらもうその高校へ行くことはできなかった。精神的にもそんな気持ちにはなれなかった。最初に入院した病院を退院した後、通院していたメンタルクリニックも受診した。そして、自分から希望して精神科閉鎖病棟へ1ヵ月ほど入院することになった。閉鎖病棟での入院生活はかなり大変だった。

閉鎖病棟から退院した後、しばらく自宅療養をして回復したので通信制高校へ転入学した。それから生活は穏やかそのものだったけど、通信制高校で授業がなかったので勉強はほとんどしなかった。中学の勉強も中学2年生の夏休み明けからしていなかったし。

これが私が大学に入学するまでの過去である。