災害時に必要とされるメディアについて考えた

台風19号による災害とワンセグ機能を搭載するスマートフォンの減少についての記事を読んで災害時に必要とされるメディアについて考えさせられました。

大学で「映像メディア概論」や「インターネット動画メディア論」という科目を履修していますが、メディア論の専門家ではないのであくまでも大学生の考察なので正しいかどうかはわかりません。

どこで視聴されるのかによって必要なメディアは違うのではないか?

「災害時」とは言っても視聴者がどこに居るかによって必要なメディアは違うのではないか?と考えました。

「どこ」とはその災害の被災地であるか、そうでないかの違いです。 被災者に必要な情報を伝えるメディアと、被災者ではない人に必要な情報を伝えるメディアは違うのではないかということです。

つまりはこういうことです。

  • 被災地 → ラジオ
  • 非被災地 → テレビ

被災地でラジオが必要な理由

被災地では目の前で災害が発生しています。それは疑いようのない明らかな事実です。それをあえてテレビなどを通して映像として見なくてもわかることです。スポーツの試合を現地で見ているのに、あえてテレビの中継を見ることはたぶんしないと思います。行ったことがないのでわからないですけど。

自分が被災した状況で他所の被災状況の心配をすることはたぶんできないはずです。だから自分の周りの情報しか必要性がないし、知ってもしょうがないです。本当にローカルな情報に価値が生まれるはずです。しかし、そのローカルな情報だけをテレビでは伝えることができません。 それはテレビ局の最小単位は都道府県規模であるからです。地方局とはいえど、市町村単位のテレビ局はケーブルテレビを除けばほとんどないと思っています。そのため、都道府県単位の広い情報になってしまい市町村単位のローカルな情報だけを伝えることはできません。しかしラジオであればコミュニティFMのようなローカルな放送局が存在します。

災害が発生し二次災害の可能性がある状況で避難をする時に視覚は目の前に集中しなければ危険です。テレビのような映像を見ながら避難することはできません。地震や台風によって多くの危険が発生している場所をスマホの画面を見ながら歩けるとは思えません。

一台の機器でより多くの人に情報を伝えることを考えると映像メディアと音声メディアの違いが明らかになります。映像メディアを多くの人に見せるためには画面を大きくするしかありません。その一方、音声メディアは音を大きくすればより多くの人に聞かせることができます。画面を大きくするのと音を大きくするコストはたぶん後者のほうが少ないと考えられます。

非被災地でテレビが必要な理由

目の前で起きていない災害を実感するためには音声よりも映像の方が適しています。いくら音声で説明されるよりも映像を見たほうがはやいです。 つまり被災地でのニーズと非被災地でのニーズはまるで反対であるということです。他人の心配をする余裕のある安全性があるからこそ視覚と聴覚を向ける必要がある映像を見ることができるわけす。


取り留めもないですがこんなことを考えていました、というお話でした。

映像メディア論: 映画からテレビへ、そして、インターネットへ

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インターネット動画メディア論‐映像コミュニケーション革命の現状分析 ‐

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